「千光寺へ行くのはこれでいいの?」彼は行く手をさしてその子にきいた。立ち止まった子供は彼といっしょに山を見上げていたが、どう教えていいか迷うふうだった。
「口で言うてもわからんけえ。わしがいっしょに行きやんしょう」
子供は彼の返事も待たずに、今降りて来た細い坂道を前こごみのからだを快活に左右に振りながら、先へ立って登りだした。斜めに右へ右へと登って行った。しばらく行くと左手に高く、二、三寸に延びた麦畑があって、その上に屋根の低い三軒長屋があり、その左の端の貸家の札が下がっていた。彼は子供に礼を言って別れ、その家を見に行った。日向で張り物をしていたかみさんが、いろいろと親切に教えてくれた。
それから斜めに一町ほど登って行って、彼はまた三軒長屋で、東の端が貸家になっているのを見つけた。見晴らしは前の家よりよかった。ここにも親切なばあさんがいて、彼のきく事に親切に答えてくれた。彼には今の子供でも、かみさんでも、このばあさんでも、皆いい人間に思えた。こういうたまたま出会った二、三人の印象からすぐ、そう思うのは単純すぎる気もしたが、やはり彼はそれからこの初めての土地になんとなくいい感じを持った。
ようやく千光寺へ登る石段へ出た。それは幅は狭いが、ずいぶん長い石段だった。段の中ごろに二、三軒のガラス戸を締め切った茶屋があって、どの家にも軒に千光寺の名所絵はがきを入れた額が下がっていた。段を登りきって、左へ折れ、また右へ少し、幅広い石段を登ると、大きな松の枝におおわれた掛け茶屋があった。彼はそのショウギに腰をおろした。
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